思索雑記

初期仏教、その他日常についての個人的思索、検討結果についての雑記ブログ

無知について、再考

無知について再考した。

前回は、小難しくまとめ過ぎたなと思った。

改めて定義するなら、気付いていないこと、でいいのだと思う。

 

だからこそ、現象の観察が無知を破る方法ということになるわけであり、

実際そうであり、

気付くと心が変化する、という関係性が整理できるわけである。

 

ブッダから学ぶ上で、何が無知で何が智慧かと言えば、

心の働き・状態に関する法則性ということに尽きるだろう。

ここに理解が無ければすなわち無知で、心を制御し切れない。

ここに理解が増せば心を制御出来るようになり、すなわち智慧と呼んでいいだろう。

 

とりあえず、そんな感じ。